La fleur.

僕は急いでいた。
時間は朝の8時半過ぎ。夜型の僕には全くキビシイ時間だし、大体ココは何処なのか良く分かっていないのだから余計に焦る。無理矢理起こされた寝惚け眼の友の言葉だけを頼りに、一目散に駅を目指す。雨上がりの朝に澄み切った空気が、さっきまで飲んでいた不健康極まりない僕の心身には殊更爽快だった。
しかし都内の住宅地だと云うのに人っ子一人歩いて無い。「この時間って、世間は通勤通学の時間じゃなかったっけ・・・?」などと思いつつ、小さな交差点を幾つか渡りきった時、僕は不意に小走りを止めた。
横切った小路に、見覚えの有る姿を見た様な気がしたのだ。ゆっくりと後戻りし、東向きの細い脇道に出ると、真正面からの強い日差しに目が眩んだ。
でも、やっぱり居た。
そのスラリと長身の少女は、何故か僕の方を向いて立っていた。しかし、背後から差し込む陽光が眩し過ぎて、なかなか顔が確認出来ない。
「・・・誰だろう?」
目を細めて立ち尽くす僕から数メートルの距離を保ったまま、彼女は何も発せず。口元が僅かに動き、微笑みを湛えた様に見えた。その刹那、フワリと踵を返した。膝丈のプリーツスカートと手提げ鞄が美しい弧を描く。
「・・・待って!」
そうは叫んだが、宙を舞った彼女の長い髪が柔らかに背中に下りる様を、僕は徒ぼんやりと見届けた。急に乱暴な春風が小路を吹き抜けた。思わず俯いた僕が顔を上げた時、そこに彼女の姿は無かった。
何とかに摘まれた様な心境で呆ける僕を、桜の花弁が辺り一面淡いピンク色に染めてからかった。
「今の・・・今の・・・友理奈さん!?」
遠くから学校のチャイムが響く。昨夜の水溜まりは、もうキラキラと輝いていた。





友理奈さん、御入学おめでとうございます。